──イギリスHHSRSと「暮らし方の文化」という視点
「イギリスでは室温18℃が健康基準になっている」
「HHSRSでは寒さが健康リスクとして評価される」
こうした話を聞くと、
「日本の住宅は遅れているのではないか」と感じる人もいます。
しかし本当にそうでしょうか。
この問いは、単純な比較では答えられません。
なぜなら、住宅の評価そのものが国によって異なるからです。
■住まいの“評価軸”はそもそも違う
住宅には複数の見方があります。
イギリスの HHSRS(Housing Health and Safety Rating System) は、住宅を「健康・安全リスク」として評価します。
一方、日本の BELS は住宅の「省エネ性能」を評価する仕組みです。
ただし、この二つは本来同じものを評価する制度ではありません。
| イギリス(HHSRS) | 日本(BELS) | |
|---|---|---|
| 視点 | 健康・安全リスク | 省エネ性能 |
| 対象 | 室内環境・寒さ・事故 | エネルギー消費 |
| 目的 | 健康保護 | エネルギー効率の可視化 |
どちらも「安心できる住まい」を扱っていますが、見ている対象が違います。
■比較すると“誤解”が生まれる
この2つを並べると、こう見えがちです。
- イギリス=進んでいる(健康重視)
- 日本=遅れている(省エネ重視)
しかしこれは、評価の前提が違うものを並べているだけです。
本質は優劣ではなく、
「住宅をどの視点で評価しているか」
という違いです。
■HHSRSが「温度」を重視する理由
HHSRSでは「寒さ(Excess Cold)」が重要なリスクとして扱われます。
背景には、
- 冬季の死亡率上昇(超過死亡)
- 高齢者の循環器・呼吸器疾患の悪化
- 暖房しても暖まらない住宅ストック
といった社会的課題があります。
つまりHHSRSは、
室温そのものではなく「健康被害につながる環境」を評価している制度
です。
■日本は“人を温める”文化だった

一方で日本は、住宅全体を均一に暖めるというよりも、
人の側で寒さに対応してきました。
江戸時代の暮らしでは、
- 家族で川の字に寝て体温を共有する
- 火鉢や行火(あんか)などの局所暖房
- 重ね着や布団の工夫
といった形で寒さと向き合っていました。
また冬の寒さも単なる不快ではなく、
- こたつの時間
- 年末年始の行事
- 静かな冬の風景
といった「暮らしの一部」として存在していました。
■現代にも続く“人を温める文化”
この考え方は現代にも続いています。
- 綿入れ → ヒートテック
- 火鉢 → こたつ・電気毛布
- 局所暖房 → エアコン・ヒーター
日本は今でも、
空間全体より「人を効率よく温める」文化
を持っています。
■住宅の違いではなく“暮らしの設計の違い”
イギリスでは寒さは「健康リスク」として扱われ、
住宅そのものを一定の温度環境に近づける方向へ進みました。
一方日本は、
- 人の工夫
- 衣服
- 局所暖房
- 季節との付き合い方
によって寒さを調整してきました。
つまりこれは、
- 家を暖める文化
- 人を暖める文化
という違いでもあります。
■「遅れている」という見方の危うさ
こうした背景を無視して比較すると、
「日本は遅れている」という結論になりがちです。
しかしそれは、
一つの価値観だけで世界を評価している状態
とも言えます。
住宅は本来、単一の基準で測れるものではありません。
■私が気になったこと
HHSRSについて調べているうちに、一つ疑問が湧きました。
「イギリス人は日本人より寒さ対策が下手だったのだろうか?」
おそらくそうではありません。
イギリスには暖炉文化があり、厚手の衣類や寝具も発達していました。
また、冬の平均気温だけを見ると、イギリスは日本より極端に寒い国というわけでもありません。
ではなぜ、「寒さ」が制度になるほど重視されたのでしょうか。
■住宅だけでは説明できない
調べてみると、イギリスで問題になった冬季超過死亡には、
- 高齢化
- 古い住宅ストック
- エネルギー価格
- 呼吸器疾患
- インフルエンザ
など、複数の要因が関係していました。
つまり、
「寒い家がある」=「イギリス人が寒さに弱い」
という単純な話ではなかったようです。
■高齢化社会と住まい
特に興味深かったのは、高齢化との関係です。
高齢者は寒さの影響を受けやすく、住宅の温熱環境が健康と結びつきやすくなります。
イギリスは日本より早く高齢化社会を経験した国の一つです。
そのため住宅を「健康」という視点で捉える考え方が、日本より先に社会課題として表面化したのかもしれません。
そして現在、日本でもヒートショックや冬季の健康リスクが盛んに語られるようになりました。
そう考えると、HHSRSは単なる海外の制度ではなく、
高齢化社会が向き合う一つの問い
として見ることもできそうです。
■もしかすると日本人は別の適応をしていたのかもしれない
一方、日本には昔から、
- 川の字で寝る
- 綿入れや半纏を着る
- こたつを囲む
- 重ね着をする
といった文化がありました。
現代でもヒートテックや電気毛布など、
「家全体を暖める」よりも「人を暖める」工夫が数多く残っています。
もちろん、これだけで健康リスクを説明できるわけではありません。
しかし、
日本人は住宅だけではなく、暮らし方そのもので寒さに適応してきた
という面はあったのかもしれません。
■私が面白いと思ったこと
ここまで調べてみて感じたのは、
イギリスが正しく、日本が間違っていたという話ではないということです。
イギリスは高齢化や住宅事情の中で、寒さを「健康リスク」として捉えるようになった。
日本は長い間、衣服や暖房器具、暮らし方の工夫によって寒さと付き合ってきた。
どちらも、それぞれの社会が選んだ答えだったのだと思います。
そして今、日本も高齢化が進む中で、
住宅と健康の関係を改めて考える時代に入っている
のかもしれません。
■住宅は“正解”ではなく“選択”
現在の住宅は初めて、
- 寒さに適応する暮らし
- 寒さをなくす暮らし
の両方が選べる時代になりました。
重要なのは優劣ではなく、
自分たちの暮らしに合った選択ができること
です。
■まとめ
住まいの評価は一つではありません。
HHSRSは「健康」という視点から、
BELSは「エネルギー」という視点から住宅を見ています。
そしてその違いは優劣ではなく、
社会が何を課題としてきたかの違いです。
イギリスは高齢化や住宅事情の中で、
寒さを健康リスクとして捉えるようになった。
日本は長い間、
衣服や暖房器具、暮らし方の工夫によって寒さと付き合ってきた。
どちらも、それぞれの社会が選んだ答えだったのだと思います。
そして今、日本も高齢化が進む中で、
住宅と健康の関係を改めて考える時代に入っています。
住宅とは「正解」を選ぶものではなく、
自分たちの暮らしに合った選択をするもの。
高性能住宅もまた、その選択肢の一つなのだと思います。
